〜桜2008年春 日本の芸能と桜

 今年の東京の桜は、開花の声を聞いてから約1週間、目と心と舌!?を楽しませてくれました。みなさまもお花見を堪能されましたか?私ごとですが、今年も千鳥ヶ淵へ行ってきました。堀沿いにあんなにもたわわにもたれかけ、幾重にも連なる花の美しさにため息がでます。花の散る頃は緑の湖面に淡いピンクの花びらが渦をなして・・・この甘美な春色のコントラストにまた酔いしれてしまうのです。しかし、何故こうも私も含め日本人とういうものは桜に魅せられるのでしょう!!
和の芸能世界でも昔から桜をモティーフにした音楽、舞踊、芝居がありますね。子供のころより口ずさむ日本古謡の「さくらさくら」。お琴では平調子で全て開放絃で私にも弾けます。専門的なところでは、かの宮城道雄作曲「さくら変奏曲」(筝2面と十七絃からなる三重奏曲)があります。宮城氏の作品は、クラシック音楽の影響を受け’琴にも洋楽の和音を取り入れることは出来ないか?ピアノの様な豊富な音はないにしても、俳句ように言葉少なにして深い音を…,と追求していたそうです。
変奏曲という形式やメロディと伴奏の対比を特徴としているさくら変奏曲にも更にワルツ(三拍子)が出てくる発想が、音楽をより豊かにしようと取り組んでいた宮城氏ゆえの特徴なのでそうです。確かに、十七絃というアンサンブルのベースを担当する楽器の発明は、音楽の巾を広げる画期的なものだったでしょう。
そしてまた、舞踊、歌舞伎の中でこそこの桜を演出した世界も他にはないでしょう。先ずはお馴染みの「元禄花見踊」(長唄)三世杵屋正次郎作曲。上野の山の華やかな花見の情景を二上りの明るい曲調で総踊りします。桜の下で飲んだり食べたり、唄ったり踊ったり…今も昔も花見の様子はそう変わりないでしょうか…。
次に安珍、清姫伝説の「京鹿の子娘道成寺」(長唄)杵屋弥三郎作曲。白拍子花子となって女性の様々な百態を踊り分け、最後は蛇体となって鐘に執念を見せるまで変化するという耽美な世界も、常に花爛漫満開の桜を背景に華やかに演じられます。
最後に特出すべきは、長編狂言の「義経千本桜」です。九郎判官源義経を中心に吉野山の桜を舞台に展開されるドラマ。色々なエピソードが盛り込まれているのがこの狂言の特徴なのですが、私が最もお勧めなのが忠信編です。ポイントになるのは、且つて義経が後白河法皇より賜った<初音の鼓>を慕う狐が(この鼓は実は親狐の皮が張ってあるという設定)義経が忠義の家臣<佐藤忠信>に化けて恋しく追っていることです。このことと、
実兄の頼友より迫害を受けている義経との絡みがまた見せ場なのです。

義経を慕っている静御前と親狐を慕って静がもつ初音の鼓を追う狐忠信との「道行初音の旅」通称吉野山(清元・竹本)は桜咲き誇る幻想的な背景で演じられる美しい道行き舞踊です。吉野山は修験道開祖、<役行者>以来献木された桜が下千本上千本、奥千本と連なる聖地です。<判官びいき><桜><狐>というモティーフが彩なすこのドラマが実に日本人の心情にうったえるものがあるように思えます。
そしてこの狐、神出期没で神通力を表現したアクロバティックな演出も見所です。個人的にはやはり市川猿之助丈演出、通称<四の切り>の狐忠信がお勧めです。最後には義経がその親を慕う子狐に心うたれ鼓を返してあげます。狂喜して恩返しを誓い吉野桜の中を帰っていく狐のケレン味たっぷりの宙乗りもクライマックスの必見です!!
   願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ

 と西行法師が詠んだ 吉野山 日本人の憧れの地でもあるでしょうか。
 私もいずれは旅したいと願いつつ、また来年の桜に会えることを心待ちに
 しています。

 参考資料:掲載舞台写真 歌舞伎パンフレットより